大学受援でのホテルベットで寝ることに
まだスマホがあまり普及していない頃、私はガラケーを握り締めて新宿駅に降り立った。 大学受験のため2週間東京に滞在する。選んだホテルは新宿駅と代々木駅の中間くらいにあるビジネスホテル。
こんな都会のど真ん中のホテルに2週間も滞在できるなんて!!
とにかく浮かれていた私は、到着初日チェックイン早々、新宿高島屋にある紀伊國屋書店へと出向いた。 いや試験前にホテルで最後の勉強しろよ、と昔の自分に言いたい。若かったのだ。 田舎の本屋では絶対に置いていない洋書、かっこいい写真集、ずっと欲しかったCD、何時間でもそこにいられると思った。 かくして私は、母親からもらった2週間分のお金を初日にほぼ使い果たすことになる。 残り13日、コンビニのおにぎりだけで乗り切らないとな? それでも、私は興奮していた。 東京はキラキラしている。 私は東京の大学に入って、東京で暮らす。絶対。 翌日、1つ目の大学の試験日。 なんだか頭がぼんやりして問題文が理解できない。 ほぼ解けなかった。惨敗だ。 私は落ち込んでホテルに帰った。 3日目は試験がない日。 コンビニでおにぎりを買ってきて1日中ホテルの中で過ごした。 自分の体の異変に気付いたのは、その日の夜。 寒い。布団を被っても暖房を付けてもとにかく寒い。こんなにいいマットレスで寝てるのに 身体の節々が痛い。 フロントに電話をして、毛布を持ってきてもらえないかとお願いすると、 すぐに毛布を持ってきてくれた。 「大丈夫ですか?体調が優れないようなら、近くに病院があるので明日行ってみては?」 私があまりにもひどい顔色をしていたのだろう。 ホテルの人は、とても心配してくれた。 そして泣きながら母親に電話した。 昨日の試験はほとんど問題を解けなかったこと、 今日になって急に寒気が酷くておそらく熱があると思われること、 あと3つ試験が残っているけど少なくとも明日の試験は行けないこと、 浪人させてもらったのにチャンスを無駄にしてごめん、 泣きながら母親に話した。 母親は穏やかな声で答えた。 「大丈夫。明日は病院に行きなさい。試験は、来年もある。」 裕福ではない家のことを考えると、1年浪人してしまった今回が最後のチャンスだろうと思っていた。 一人でいることが心細くて、母親に会いたくて、涙が止まらなかった。
ホテルの人に聞いた近くの病院に行きインフルエンザと診断される。
4日目。 2つ目の試験を欠席。 ホテルの人に聞いた近くの病院に行きインフルエンザと診断される。 5日目。 熱が下がり始める。 6日目。 3つ目の試験を欠席。 体調はほぼ元に戻り、食欲が出てきた。 7日目。 残る試験は1週間後の第一志望のみ。 ホテルにこもって最後の1秒まで勉強することを決めた。 2ヶ月後。 私は、第一志望の大学のキャンパスにいた。 私のように地方からやってきた人たち。東京で生まれ育った人たち。 あのホテルでの2週間があったから、出会えた人たち。 東京はやっぱり輝いていた。 母親は、大学合格を本当に喜んでくれた。 あの2週間の東京滞在のエピソードは笑い話になった。 でも、初日にほぼお金を使い果たしたことは、結局言えずじまいだった。